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バリエーションファイル 初代エアロバス 前期型 
三河交通 P−MS725S
最初のマイナーチェンジを実施した初代エアロバスのハイデッカにおける標準的な仕様の車両で、1980年代半ばで最も多く納入した大型観光・高速型バスで名観グループだった三河交通でもこの車両はグループ外からの譲渡車で名観グループの初代エアロバスの特徴でもあった円盤型アンテナと大型のリアスポイラーについては譲渡後に装備することは無かったです。
2000年3月撮影
名古屋鉄道 P−MS715S
初代エアロバスではマイナーチェンジ後の車両でも前輪車軸懸架仕様で導入する事業者も多数見られ、名鉄でも1989年までに導入した貸切車および昭和58年排ガス規制の空港リムジン車については車軸懸架を採用し、塗装についても貸切車の標準塗装以外に旧塗装の車両から塗装変更した車両はこの空港リムジンバスと同じ塗装を採用していました。
1994年5月撮影
岐阜乗合自動車 P−MS725S
初代エアロバスの前期型で側面窓にT字窓を採用した車両で、岐阜バスの場合は側面窓の保安基準が変更する前に逆T字窓からT字窓に変更しており、大半の事業者においては後期型に入ってから変更した事業者が多かったのでこの時にT字窓を採用した車両は珍しかったです。
1994年9月撮影
福井鉄道 P−MS725S
初代エアロバスの前期型ハイデッカにオプションでデンソー製サブエンジン式冷房装置を搭載した車両で生産途中から冷房装置の仕様が変更した事により外気導入ルーバやサブエンジンのラジエータグリルの形状が変っているのが特徴で、MS7シリーズの前期型エアロバスでは初期型と同様に採用事例が少なかったです。
1995年9月撮影
日本急行バス P−MS725S
名観グループ各社が保有していた初代エアロバスでは独特の円盤型アンテナと大型のリアスポイラーが特徴で、1999年に名観と合併した日急バスでは名神ハイウェイバスの他に観光バスも運行し、殆どの車両は親会社だった名観と共通の車両でロングシートピッチのスリーパーシートを装備する「メルヘン」の初代車両です。
1994年10月撮影
信南交通 P−MS725S
1987年頃から中央高速バスの車両が大幅にグレードアップした車両を導入した時に信南が導入した車両であり、この車両以降信南における高速バスの車両はセレガと併用した1998年から2001年の間を除いてふそうの車両を導入し、新宿線・名古屋線の両方で運用されたのとこの時から側面窓の前側のみ逆T字窓としています。
1995年3月撮影
東京空港交通 P−MS725SA
1990年代のリムジンバスでは現在と異なり空港リムジンバスに使用する車両は新製車の他に直結冷房を装備した観光バスから転用した車両も在籍していた事があり、新製車と異なり前面一枚窓と側面の行先表示が方向幕を備えずサボで対応する等若干異なる外観をしていました。
1997年7月撮影
千葉交通 P−MS725S
初代エアロバスもこの時のマイナーチェンジからオプションで直結冷房が設定され、殆どの車両が空港リムジンバスによる採用でリムジンバスと同様に成田空港から各地への空港リムジンバスを運行する京成グループの千葉交でも直結冷房を採用し、一部の車両は後に高速バスと兼用して使用する車両もみられました。
1999年8月撮影
京浜急行電鉄 P−MS725SA
1990年代後半の京急では観光バスの減車とあわせ空港リムジンバスの増車を進めた傾向にあり、広範囲の年式の観光バス用のエアロバスを空港リムジンバスに転用し大半の車両は画像の様に観光バスの塗装のまま転用され特に初代エアロバスの前期型による転用車両は珍しかったです。
2001年4月撮影
神姫バス P−MS725SA
神姫の中国ハイウェイバスの専用車両として導入した初代エアロバスのハイデッカで当時では珍しかった濃色緑色着色窓を側面に採用し、導入時期により側面窓の形状はT字窓と逆T字窓が混在しているが前面窓は左右分割窓、乗降扉は折戸を基本としていました。
1996年12月撮影
コトデンバス P−MS725S
香川県のバス事業者と船舶事業者が共同出資で設立した瀬戸大橋高速バスが保有していた車両で、1992年の廃業後に出資先のバス事業者各社へ譲渡した車両でコトデンの場合、空港リムジンバスや路線バス等で活躍し側面の方向幕を撤去して塗りつぶした以外は瀬戸大橋高速バス時代とほぼ同じ仕様となっていました。
2002年8月撮影
ジェイアールバス関東 P−MS725SA改
JRグループ各社向けに1988年に製造した初代エアロバスのハイデッカでエンジンを最後の国鉄専用型式車両P−MS735SAに搭載したターボ付の8DC9(T)型を搭載した車両で大半の車両はJR関東へ納入し、導入した事業者全てで外観や仕様が異なり、クイーンWの様に本来ならリアガーニッシュが装備される部分にもグリルが付いています。
1998年11月撮影
冨士自動車 P−MS725S
現在は日野車が主体となっている東京の冨士自動車では初代エアロバスを多数保有していたときがあり、保安基準変更前から側面窓はT字窓を採用している他にエアロバスついては初代エアロバス、ニューエアロバス共に社名表示灯を装備せずに導入し、本来の社名表示灯が装備される部分はフロントガーニッシュが代わりに装備しています。
1996年5月撮影
遠州鉄道 P−MS725S
遠鉄では1988年に導入した初代エアロバスのハイデッカは前期型であるものの前面のバンパーについては後期型のバンパーを装備した独特な車両で、後を見るとラジエータグリルや非常口の位置については通常の前期型と同じ位置となっていました。
1997年3月撮影
瀬戸内運輸 P−MS715N
四国でも1980年代は道路事情の関係で九州や沖縄と同じくフルサイズの大型観光バスは短尺車が中心となり、せとうちバスでも自社発注した初代エアロバスの前期型は短尺車が多数を占め、塗装も初代エアロバスのハイデッカのデモカー(撮影用特別仕様車)の塗装を採用しています。
1997年3月撮影
北陸鉄道 P−MS715N
撮影当時の北鉄の車両では珍しかった譲渡車両であり、自社発注した車両には見られなかった短尺車をはじめ折戸の乗降扉など異なる外観を持っているのが特徴で基本的には乗合予備車両として波動用として使用していました。
1996年3月撮影
中国ジェイアールバス P−MS715N
1986年に国鉄が新会社対策で多数の車両を導入した中で初代エアロバスはスタンダードデッカが主体だったが台数は少ないが短尺・前輪車軸懸架仕様のハイデッカも導入しJR西日本を経由してCJRに引き継がれた車両は最初の頃は基本的に観光バスとして使用していたが末期には近距離の高速バスに転用した車両もありました。
2000年5月撮影
宮崎交通 P−MS725N
車両の代替サイクルが長い宮崎交通では観光バスの車両から中距離以上の路線バスに転用した車両を保有し、この初代エアロバスは短尺のハイデッカで近年に方向幕をLED式に改造した車両で路線バスに必要な装備を追加した以外は観光バス時代と殆ど同じ仕様となっています。
2008年7月撮影